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好評既刊

英語心理動詞の受動文のとる前置詞の歴史的研究 Psychological Passives and the Agentive Prepositions in English
A Historical Study
竹田津 進著

  • 588 英語心理動詞の受動文のとる前置詞の歴史的研究
  • ISBN 978-4-87571-588-7
    書籍コード 588
    定価 2,750円(税込)

心理動詞 (surprise, amaze, astonish, shock, startle等) の受動文(心理受動文)がとる動作主を示す前置詞の歴史的推移について、電子コーパスを使い調査分析したのが本研究である。アッ (at) と驚くsurprise と言われてきたように、be surprised 構文は動作主前置詞としてat を伴うとされてきたが、現代英語、特にここ十数年の英語では by がat を凌駕し、倍近く出現するという驚くべき事実もわかった。Surprise と同義の心理動詞も、初期近代英語から後期近代を経て現代英語への史的推移のなかで、by との共起が増加している。英語の受動文では of, from, through などの動作主前置詞が by に交替した歴史があるが、心理受動文も同じ歴史を辿っていると言えるかもしれない(1, 3章)。

 現代英語で、be surprised 構文と共にあらわれる at と by はどのように選択されるかを分析したのが2章である。At は how-節や再帰代名詞を伴うことが多く、I’m surprised at you! という慣用的とも言える文でよく使われる。一方、 by は抽象名詞や、口語では指示・不定代名詞と共起しやすく、ジャーナリズムや法律(アメリカ最高裁判決)の英語でもよく使われるようである。

 4章では、近代英語の大小説家 Dickens は、同時代の作家とは違って、心理受動文とともに by を多用していることがわかった。主要小説で、surprise の受動文とともに at と by をほぼ同数使っており、しかも初期作品から後期作品にかけて、at から by への交替を意図しているようにも見える。これは Dickens が標準的でない語法を使うことを厭わない、革新的作家 (linguistic innovator) と言われることに起因するのではないかと論じた。

 5章では、be surprised + by 構文の意味変化について分析し、物理的な意味(「不意を襲う」から心理的な意味(「驚かせる」)に移行する過程で、中間的な意味を発達させていることを示した。中間的な用法は本来の物理的意味を含意するので by を取りやすく、それが心理的な用法にも及んだのではないかと論じた。

 心理受動文と共起する動名詞と how-節について論じたのが6章と7章である。動名詞は後期近代英語では頻繁に使われていたが、現代英語では量的に著しく減少し、質的にも簡素化してきている。逆に、一世紀前にはあまり使われていなかった how-節が現代英語では急激に増加している。動名詞の減少と how-節の増加の理由について詳細に考察している。口語的なhow節の使用は、英国社会における「簡素な英語運動 (the Plain English Campaign)」に合致したとも考えられる。

 8、9章では、OED の編集者、Onions と Bradley が、それぞれ動詞 surprise と同義の心理動詞の受動文のとる前置詞を辞書編集の際に、どう扱ったかを分析考察した。Onions は大学教育を受け、学校文法を教える教師の経験があり、自ら文法書を書いた規範的文法観を持つ学者であったため、surprise の定義中で、非標準語法である by について言及することに躊躇したのではないか。一方、Bradley は、民間の会社に勤めながら学問を築いた独学の学者で、教師の経験もなく、それゆえ規範主義とは縁がなく、非標準語法を受容し by の使用に寛容的であったのではないかと論じた。辞書編集者の経歴や個性が辞書編集に影響を及ぼしうることを、Dr. Johnson の辞書を例に論じた。

 10章は、心理動詞の受動形は形容詞であると論じる学派への反論である。その理由として、(1) 対応する能動文が存在するから、受動文としか考えられない、 (2) 一般動詞の受動文と並列して使われる心理動詞の過去分詞形は受動文である、(3) 動詞 baffle, bewilder, perplex の過去分詞は、形容詞と共起しやすい that-節や to-不定詞句を伴うことが少なく、また前置詞 by を伴うことが多いから、形容詞ではなく受動文として機能していると考えるのが妥当である。心理動詞の過去分詞形は、形容詞でもあり、受動文としても働くと結論づけた。以上が本書の概要である。微々たる研究ではあるがそれなりに新事実の発掘はできたのではないかと思う。


 この研究は、英語史、コーパス言語学、語法研究、辞書学、文体論、意味論など、英語学の幅広い分野に跨ってさまざまなテーマを考察しているので、それぞれの分野の研究者に裨益するものと思われる。英語学習辞書がこの語法をどう扱っているかについても分析し、コーパスからの用例を多数引用しているので辞書執筆者にも有益なはずである。文学作品からの用例も多く引用し、Dickens や Austen などの小説家についても論じているので、文学者にも興味が持てる内容ではなかろうか。言語変化の推移をあらわすための多数のグラフが内容理解に資するはずであり、平易な英語で書かれているので非専門家や学生にも読み易い一書となっていると思う。ご関心ある方にご一読願えれば幸いである。

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